両著者は,さらに突き詰めて,そのような考え方になってしまった原因を考察している。日本がなぜこのような原理主義的な社会になりつつあるのか。それは,日本人が「考えなくなった」からである。例えば,役所の役人は,世界がどんなに不幸であろうとも,自分の世界は安泰である。役所は潰れない。結局今の日本人は,現状維持を続けていれば,とりあえず安泰という意識が充満している。しかし,実際にはそんなことはないのである。変化し続けることこそが生きることである。敷かれたレールの上を歩いていることは生きることでもなんでもない。むしろ,死へと突進しているとも言える。しかし,それに気付かず,盲目的に生きている人は多い。だから,思考停止に陥り,「良い」「悪い」の二極論的な判断しかできない。両著者はそれを憂えている。
私個人がさらに突き詰めるならば,その原因は日本人が自分自身を信じることができなくなったからだと考える。自分とは何かを突き詰めず,自分自身と対話しなくなったからであろう。結局,この先,食糧問題や人口問題などで飢饉や戦争が起こったとするならば,翻ってそれは人間の責任である。個々の人間が自分自身を何者かを考えず,ただ楽することだけを求めて,利己的に生きた結果であろうと考える。おそらくその頃には,両著者も,洞爺湖サミットで「2050年に二酸化炭素排出量を50%削減する」などと適当なことを言った人達もいなくなっている。それは,今30代を生きている私自身の問題であり,子供達を導いていく私達の責任であると痛感する。「何も考えなくなった日本人」を変化させらられるかどうか。それは教育の問題でもあり,私自身の問題でもある。



「考えない」や「思考停止」ですか。まさに池田氏のレトリックにはまる人こそそれを実践しているようにおもえますが。
>それは種の多様性にも貢献する。もともと「変わらないでいる」ことは不可能なのである。
種の多様性にも貢献って外来種によって生活環境を狭められ絶滅やそれに近い状態になる生物のことは無視ですか?たとえばグアムではミナミオオガシラという蛇によってクイナなどの鳥類のいくつかが野生絶滅したんですが。それに「変わらないでいる」ことが不可能だから何なのでしょうか。だからといって無軌道な開発をしたり外来生物を放ってもともとその土地にいた生物の生存を危うくすることが許されるわけではありませんよね。